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【インタビュー】コロナ禍を経て、U30は政治・選挙とどう向き合う?/NO YOUTH NO JAPAN

皆さんこんにちは〜!ガクセイ基地のまなみです🗳️

今回は、U30世代のための政治と社会の教科書メディア・NO YOUTH NO JAPANで共同代表を務めている足立あゆみさんにインタビューを行いました。

活動に込めるこだわりや、以前「ガクセイ基地」がインタビューさせていただいた5年前と比べての変化など、さまざまな角度からお話を伺っています。

では早速!

🌟以前インタビューさせていただいた際の記事はこちらから

現在の活動/発信に込めるこだわり


足立あゆみさん

―本日はよろしくお願いいたします。改めて、NO YOUTH NO JAPANの活動内容について教えてください。

主な活動は3本立てで行っています。一つ目は、Instagramで政治や社会について解説する投稿を作成し発信することです。二つ目は、2022年から立ち上げたシンクタンクチームです。日本総研さんと連携をしながら調査分析活動をしています。三つ目は、立候補年齢の引き下げの活動です。現在は25歳や30歳からでないと政治家にはなれません。その下限を、投票権を得られる18歳と同じにしてください、と訴える活動を行っています。

―ありがとうございます。私がNO YOUTH NO JAPANを知ったきっかけはInstagramでの投稿でした。noteでの発信も精力的に行われている印象ですが、SNSで発信をする上でこだわっている点や、気を付けている点を教えていただけますか。

そうですね、「政治と社会の教科書メディア」ということを言っているので、個人の独断と偏見での発信にならないようにチーム制で、複数人でチェックしながら投稿を作成するようにしています。

また、中立という点では私たちは「積極的中立」の立場をとることを大切にしています。消極的中立」は、基本的に全部に触れない、情報を与えないという方法をとることで、恐らく皆さんが日本の学校教育で体験していると思います。

ただ、誰も中立にはなりきれないと感じています。完全にど真ん中な人なんていないし、皆何かしらの選好があるので。そのため、「積極的中立」という、できる限り比較ができる情報を届けることを心がけています。たくさん情報を提供して、「このような見方があるよ」ということを伝えることを大切にしています。

―Instagramでの投稿もすごくポップにデザインされていて、見ていて楽しいです!そういったデザイン面でのこだわりも伺いたいです。

若い人たちに情報を届けるうえで、デザイナーの方々がきっちりデザインしたものじゃないとなかなか届きづらくなっている現状があると思っています。

文字ばっかりであったりモノクロであったり、そういったデザインだと情報化社会では目に留まりにくくなってしまう。まずはどんな情報であっても、届かないと意味が無いと考えているので、受け取ってもらいやすくするという面でデザインはとても大切にしています。

―NO YOUTH NO JAPAN内での理事選挙の活動報告も拝見しました。

NO YOUTH NO JAPAN内の代表選については、学生団体ってできては潰れ、というように長く続かないことが多いというか。「若者の団体です」と言っても、創設したメンバーがずっと活動を続けて「いや、もう若くないじゃん」といったことがあります。

U30のためのU30による教科書メディアとして活動する上で、団体内で民主主義が成り立つことや、若い人たちも活発に活動できるような体制を整えることはすごく大切だと考えています。NO YOUTH NO JAPANと掲げているので、若い人たちの気持ちがわからなくなってしまったらもう本末転倒ですよね。なので、世代交代が起きるようなシステムをきちんと作ろう!ということで代表選が行われました。

―(2025年)1月にも北欧の政治家育成システムについて学ぶイベントが開催されましたよね!

このイベントは、立候補年齢を引き下げる活動の一環で企画しました。立候補年齢の引き下げについて、いろいろな政治家の方とお話をしていても、「実際に18歳に引き下げられたとしても、18歳で選挙に出られるような育成の体制が学校にも、政党にも無い」という課題に行き着きます。そこで、立候補年齢を18歳に引き下げることを求めると同時に、18歳から政治家として活躍できる環境づくりもしていきたいと思い、イベントを立ち上げました。

コロナ禍×U30×政治の繋がり

―「ガクセイ基地」が以前取材させていただいた2020年から約5年経ちます。この間に選挙権年齢の引き下げやコロナ禍など、大きな動きがありました。あゆみさんに、この4、5年の間での若者の政治意識の変化はどのように映っていますか。

私が大学に入学したときは既にコロナ禍だったので、それまでの学生や若者の活動についてはあまりわからなくて。ただ、コロナ禍で「若い人たちが感染源なのではないか」という言われ方をすることってものすごく多かったじゃないですか。

若い人たちが出歩くことへの問題意識が強まっていたり、大学の授業もずっとオンラインで行われていたりして。高校生や社会人は通学・通勤ができるようになっても大学生は家で鬱々と過ごさないといけないという状況が存在しました。学校生活が思うように送れないことによるメンタルヘルスの問題も物凄く大きかったはずなのに、当時はその部分が政治で真剣に扱われた感じはしなくて。

皆の感覚がどのくらいかもわかりませんし、世代間対立を作りたいという気持ちもありません。ただ、やっぱり若い人たちの困っていることや、直面している問題への切迫感といったものが政治的には扱われなくて。どうしても、向けられる目線から、自分たちは「管理する対象」「保護する対象」みたいな感じなのだな、という歯がゆさを感じていた人はいたのではないかと思いますね。

NO YOUTH NO JAPANも、コロナ禍で皆時間があって活動が活発になりました。なので、現状に対して「何かおかしい、何かしたい!」と思った人が動いていたのかなと感じています。

ただ、コロナ禍が終わって日常生活が戻ってきた途端に社会活動とかの活動の幅が狭まった感じがします。やっぱり、政治や社会の話って時間に余裕が無いとできないというか。学生も、授業やバイトが始まって活動する時間的なゆとりが減った。そこで、勢いは少し落ち着いたなという印象があります。

北欧・デンマークに学ぶ「デモクラシー」

―NO YOUTH NO JAPANが掲げている「参加型デモクラシーをカルチャーに」というビジョンについて伺いたいです。どのような思いを込められたのでしょうか。

「デモクラシー」は「民主主義」という風に訳されますよね。ただ、ビジョンを掲げる上ではあえてデモクラシーという言葉を使っています。そこには、デンマークに行ったときの経験が凄く根強くあって。

日本で民主主義と言うと、制度の一つくらいにしか思われていないというか……。主義主張の一つかな、多数決でしょ?ととらえる人がものすごく多いし、私もそうでした。ただ、デンマークでは本当にたくさん「デモクラシー」という単語を耳にしました。デンマークでは、デモクラシーは選挙制度の話で使われる単語ではなく、生活に根付いているものだと感じました。

皆で話し合いをするときにも、「デモクラティックな話し合い方をしよう」といった感じで参加している全員がそれぞれ発言できるようにする雰囲気があったり、学校内のデモクラシーである生徒会がきちんと機能していたり。それを体感したあとだと、民主主義というと「なんかちょっと違うよね、デモクラシーみたいな方を大切にしたいね」となった。

デンマークの友人と「デモクラシーって何?」という話をしていて、「投票すること、立候補することもそうだけど、何よりも参加することがデモクラシーなんだよ」と言われたことがすごく印象に残っています。選挙も一つの参加の形ですが、それだけじゃない。話し合いやイベント、デモへの”参加”がものすごく大切だと思っていますし、「誰かがいい感じにやってくれる」とか「誰かが社会を作ってくれている」という感覚ではなかなか上手くいかないと思います。

「私たちがこの社会を作っている、参加している」と答えられる考え方やマインドが、もっと当たり前に、文化のようなものになったらいいなと思って「参加型デモクラシーをカルチャーに」をビジョンにしています。

―デンマークへの留学がNYNJ立ち上げのきっかけになっていたり、北欧の政治教育についてのイベントを開催したりと、北欧との結びつきもかなり強いように思います。留学されている中で、現地の方の政治に対しての姿勢やマインドで印象に残っていることはありますか?

一つは、結構皆適当なことがすごく良かったですね。日本だと、政治の話をするのに凄く厳しいというか……。どこか息苦しい。間違ったことを言ってはいけないとか、知識が無いのに発言してはいけない、と踏み止まってしまう雰囲気がものすごくある。

でも、北欧に行ったときに皆「気候変動止めよう!」ってデモをしたあとに平気でポイ捨てするとか。「いや、分別してゴミ箱に入れてないやん!」みたいなことがあって。結構適当なんですよね。それくらいの矛盾を孕んでいる感じというか。

―なんだか人間らしいですよね。

そういう完璧を求められない空気というのは気楽に参加できて凄くいいなと思いました。

―北欧は主権者教育や性教育が凄く進んでいますよね。そこを「いいな、真似したいな」と感じる反面、日本と地理的な条件も違いますし、歴史的に背負うものも違う。全てをそのまま真似することは難しいと思うのですが、どうやって私たちは先進的な国のアクションやマインドを取り入れていくべきでしょうか。

権利の話をきちんとすることはすごく大切だと思っています。デンマークの友人と話しているときも、「私にはその権利があるから」ということをよく言っていて。デモとかを大々的にやっていて、「警察とか来たりしないのか」と聞いても「私には警察と対等に話す権利がある」と返されました。権利意識の高さをそこですごく感じましたね。

日本の教育では、責任について学ぶ機会はたくさんあります。「みんなできちんと掃除しましょう」であったり、連帯責任であったり……。それはそれでいいことではあるけれど、責任と同時に発生するはずの権利についてはなかなか教えてもらえないですよね。性教育で言えば、女性も自分の身体のことは自分で決める権利があると教えられてもいいはずです。

ただ、そういう権利を求める話をすると「わがまま」と言われてしまう風潮が残っている。「わがまま」と履き違えずに、権利の話ができるかどうかという部分で、かなり変わるものはあるのではないでしょうか。

私たちが日常で起こせるアクションについて

―ここから「情報を得る」というフェーズのお話に移っていけたらと思います。私にとって、ここ数か月の間で印象的だったのは兵庫県知事選挙です。個人的に、政治や選挙について情報を集めることの難しさや危うさを痛感した機会だったなと考えていて。「完全にフラットな情報源を探すことは難しい」ことを前提として、私たちはどのように日頃から政治の情報を掴むのがいいのでしょうか。

そうですね。本当にフラットに物事を見ることは出来ませんし、社会の中で何か一つの情報を得ると、そこに近い情報が大量に流れてきます。だからこそ難しいなと感じるのですが、「誰の痛みに敏感でいるのか」ということを時々振り返ることはすごく大事だと思います。もちろん自分自身の痛みに敏感になることも大切です。そこに加えて、他の人が困っていることや悩みに思いを馳せつつ、この情報や感覚は誰の痛みのことを考えてるんだっけということを時々振ると、様々な視点を考える習慣がつくのかなと思います。

また、兵庫県知事選挙では、特に世代間対立みたいなものが物凄い煽られ方をされていた印象があったので、その対立に乗らないことも重要だと考えています。私たちもいずれ”上の世代”になりますし、いま政治を動かしている上の世代の人たちが、全員若者のことを考えていないかと言われたら、そんなことは無いはずです。活動を応援してくれたり支えてくれる人も60代以上の世代には多くて。世代間対立で語れないものが活動をしていると見えてきます。でも同時に、活動をしてなかったら世代間対立で捉えたくなる感覚もわからなくはなくて、もどかしさを感じますね。

撮影:若井玲子様

―ありがとうございます。私個人のモヤモヤとして、身の周りで政治や社会課題についてポップに話せる雰囲気があまり醸成されていないなと感じていて。むしろインターネットでは強烈なインパクトのある政治用語のようなものが使われていて、「怖い」と思う人も多いのではないかと思っています。どのようにすれば委縮せず、気軽に話すことができるようになるのでしょうか。

確かに「思想が強い」というリアクションはよく見聞きしますね。でもそもそも「思想」ってなんなのでしょうか。意見という意味で捉えるなら、「意見なくていいの?」というか。

私がデンマークにいたときに「いいな」と思ったのは、「人格と意見は別だ」という言葉です。例えば、何かの政策で本当に立場や意見が逆だとしても、その議論が終わったら友だちじゃん、というか。友達でいることと、政治についての意見が一致していることは全く別の問題ですよね。なので、「そういう意見を持ってるのね」くらいな感じで会話ができると、互いに心理的安全性が高い状態でいられるのではないかと思っています。

NO YOUTH NO JAPANのこれから・メッセージ

撮影:若井玲子様

―今後の団体の展望を教えてください。

まずは立候補年齢の引き下げにしっかり取り組んでいきます。ただ、私たちは立候補年齢を引き下げることをゴールだとは思っていません。そのプロジェクトを進めながら、同時に立候補者の育成システムの整備もしていきたいです。

選挙の投票期間の前だけ少し「投票に行こうね」「民主主義について考えようね」と呼びかけるだけでは、投票率は上がらないのではないかと思っています。特効薬のようなものが無いからこそ、若い人たちが声を上げやすくなる、その声がきちんと響くような社会の仕組み作りを地道にしていきたいです。その課題に向けて何をするか、という部分は絶賛話し合い中ですね。

―「ガクセイ基地」の記事を読んでいる方に向けてメッセージをお願いします!

ぜひ自分の足を使って、ネット以外の情報に触れる機会を作ってほしいなと思っています。今はInstagramを始めとして、インターネットで情報を多く得られますが、そこで得られる情報は世界の全てを内包している訳ではなくて。ただただそこに流れている情報なので、例えばボランティアに参加してみたり、何かの団体に入ってみたり、それが難しければ、人に会ってたくさんおしゃべりしてみることでも、何か広がる世界があるのではないかと思います。

また、東京地裁で4月14日に、立候補年齢引き下げ訴訟の第8回の口頭弁論が行われます。実際に裁判でどのようなことが行われているのかを是非知っていただきたいです。持ち物やお金も特に必要ありませんので、興味がある方は来てもらえたら嬉しいです。

―ありがとうございました!

<NO YOUTH NO JAPAN 公式SNS>

公式サイト

「立候補年齢を引き下げるためのプロジェクト」公式サイト

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<編集後記>

石原愛珠/Ishihara Manami
取材に挑める力が身に着いたら、必ずやお話を伺ってみたいと思っていたNO YOUTH NO JAPAN。今回取材が叶い、本当に嬉しく思いました。団体としての活動や歴史を深く掘り進めつつ、私自身が悩んでいた政治や選挙との向き合い方についてもお話を伺うことができました。
「ちくちくして、重たくて、怖い」という”腫れ物扱い”は、多分みんながやめたいと思いつつ、なんとなく日常の中のモヤモヤを心の中で燻ぶらせている。それってきっと悲しいというか、寂しいこと。じゃあ何から始めたらいいんだろう、と感じた方にとって、NO YOUTH NO JAPANを始めとした若者が主体になって動いている団体は、きっと灯台や星座みたいな目印になると思います。
うっすら感じる生きづらさや息苦しさは、もしかしたら大きな社会構造のせいかもしれないし、自分一人の責任ではないかもしれない。「自己責任」の風潮が限りなく強まるこの世界で、少しでもこの記事があなたが行動を起こすきっかけになりますように。
改めて、お話を伺うだけでなく、写真提供など数多くのご協力を賜りました足立様、NO YOUTH NO JAPANの広報チームの皆様に心から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

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