航空・旅行/宇宙

見るまえに”沈め”!?『史上最高』のGEP in NASA 2024体験談

 「いいか、次は船体が反転した状態で窓をこじ開けて脱出するんだ。準備は良いか!?」

そう英語でまくしたてているトレーナーに対し、全身から水を滴らせている私たち4人はただ首を縦に振るしかない。きつく締めたはずのベルトをもう一度強く引っ張り、私は椅子に身体全体を預ける。最初は窓なしで船体も傾かない状態、次は船体が逆さまになり、最後はそれに窓が付くというわけだ。深く息を吸うと、先ほどから怒涛の水責めを受けている鼻がツンと刺激された。トレーナーが合図を出す。船体がゆっくりと持ち上がっていくのを感じながら、私はプールの底で海藻のようにゆらゆらと揺れているレスキュー隊たちを眺める。

 あれ、私なんでこんなことしてるんだっけ?

 船体が叩き落とされ水に沈んでいく中、その疑問は泡沫と共に消えていった……


 皆さんこんにちは。GEP in NASA 2024に参加しました、東京大学理科二類2年(同大学工学部電気電子工学科内定)の高山乃綾(たかやま のあ)と申します。突然私が複数回水に沈められている様子を語られて、「なんだこいつは」と思われた方もいらっしゃるかもしれない。安心して欲しい。なぜなら皆さんも、来年には私と同じようにこの水中脱出訓練を通して、もし宇宙から帰還した際に帰還船が沈んだらどうする?というまたとない経験をすることになるからである。

 それだけではない。自分の可能性を切り開いてくれるような、素晴らしい友人たちと出会う機会も。

GEP in NASAに参加したきっかけ

 「夏に何か海外研修でも行けないかな」なんて考えつつ、大学の先輩が、学部1年次に「NASAの学生向け研修プログラムに参加」されたというものを見付けた!学部生の頃から参加することのできるNASAの研修があるなんてと思い、すぐに検索をかけるとそれらしき会社が出てきた。

 「株式会社コラボレート研究所」−NASAのN文字もないではないか。何はともあれ、ページの最下部にあった「お問い合わせ」からプログラムの詳細を伺うメールをその場で送った。時刻は午前3時だったが、寝たらこのプログラムの存在自体を忘れてしまうと思い「夜分遅くに失礼いたしますを添えて切り抜けた。

 その後時刻の遅さを咎められるどころか、ご丁寧な返信でガクセイ基地の近藤さんに繋げてもらった。そこからプログラムの説明会を受け、簡単な履歴書(志望動機と自分のMBTI、取得していれば英語検定のスコア)を提出したのち、無事選考に通った。(ちなみに、他の参加者のほとんどはInstagramの広告から知ったそうだ。私の”インスタ”とやらも少しは仕事をして欲しいものである)

いよいよプログラムが始まるが……?

 渡航の日が近づく中、私の中にプログラムへの不安が頭をもたげてきた。「チームの皆と上手くやっていけるだろうか」「英語話せるかな。そもそも聞き取れるかな」「プログラムは当日のお楽しみとか言っていたけれど、つまらないと感じてしまったらどうしよう」「行かなくても良かったかな、なんてことにならないかしら」–前日の夜に荷物を詰め始めた両手とともに、思考は負の方向へとフル回転していた。

 私自身何かものごとをやる前に、失敗したときのことを大きく膨らませてしまうタチであった(この記事を書いている今も、この悪癖は完全には抜けきれていないと感じる)。このプログラム以前にも色んなインターン・研究プログラムに興味がわきこそすれ、「初心者だし、上手くできなくて周りに迷惑をかけたらどうしよう」だとか「情けない自分を周りに見せたくない」といった自己意識から、参加申請を提出するまでは早いが、期日が近づくとキャンセルの連絡をしてしまうといったことを何度も続けてしまっていた。

 本プログラムも、もし前日まで料金が全額返金されるように設定されていたならば私は「参加辞退」していたかもしれない。8/16の朝、私を羽田空港第3ターミナルまで連れていったのは、プログラムと引き換えに消えていった渋沢栄一(旧諭吉)の数々と言っていい。それぐらい臆病な人間であった。

始まったGEP in NASA!–なんだこの人たち!?なんだこのアクティビティ!?

 前述の通り憂慮が渦巻いてはいたものの、11時間のフライトを経て私たちはヒューストンに無事降り立った。現地集合組も合わせて、ようやく全員が初対面することができた。ホテルに着き、会議室に集まって全員が一言ずつ自己紹介をする。所属大学も専攻分野もバラバラで、参加動機も十人十色だ。

 そんな中、一人の参加者がマイクを手に取り立ち上がった。

 「俺からは一言。皆でこのプログラムを史上最高のものにしていこう

 いきなりどうした。正直に言って、私はこう思った。数十人の赤の他人の眼前で、こんな「キザ」なセリフを言える彼に、驚きすら感じたかもしれない。しかしそれと同時に、彼の表情に「言ってやったぜ」といった殊勝さや「周りにどう思われたか」といった気恥ずかしさは見られないのも分かった。彼は本当に皆とこのプログラムを楽しみ尽くそうとしている。彼の瞳の奥にある底なしの透明さに、私は憧れを抱いた。彼以外にも、言語学を専攻としている者、宇宙医学を志している者、既に大学で宇宙工学の研究室に在籍している者、ずっとおちゃらけている者、何も面白いことは起こってなさそうなのにゲラゲラと笑っている者–こんな人たちと10日間過ごすことができるのか。彼らから何かを得たい。

 プログラムは怒涛のアクティビティの連続であった。「宇宙事業をチームごとに立ち上げて、NASA職員にプレゼンしてみよう」「ミニロケットを打ち上げてみよう」(ちなみに私とペアの子が手がけたロケットは、おそらく真っ先に空中分解して地上に落下した)といった種々の魅力的なコンペティションの他に、実際に使われた宇宙船や月の重力下で活動するための訓練施設を見学させてもらうなど、「こんなところまで味わってもいいのか!?」という感想が浮かぶ素晴らしい体験をさせてもらった。

 特に私にとって印象的だったのは、最終プロジェクトだった。全部で五つのグループがあったのだが、グループごとに役割分担をしつつ「全体として一つの月居住計画を立案せよ」というお題であった。まさしく現実世界で行われているアルテミス計画の模擬である。これが大変に難しいものだった。というのも、チームごとに想定している状況が異なっているのに気づかないまま独立してプロジェクトを考えていたために、チームリーダー同士で各班の進捗状況を確認し合う際に「A地点で着陸しているならそっちは上手くいくだろうけど、こっちはB地点で着陸しているつもりで考えていたから合わない」といったことが何度も起こった。私たちの班は「月での居住スペースを考える」という、おそらく一番包括的な役割を担っていた。そのため色んなグループからの要望が寄せられるたびに、その都度計画を修正したり、それらのすり合わせをしたりと「あちらが立てばこちらが立たず」のもどかしさを一番感じていたのではないかと思う。しかしこの最終プロジェクトを通して、そうした複雑さや難しさ以上に一つの大きなプロジェクトを全体で完遂するというこの上ない充実さと喜びを知ってしまった。 

 ライターとしてあるまじき発言かもしれないが、以上でアクティビティの具体的な内容を語るのは終わりにしたい。というのも、プログラムの内容を言語化しようとすればするほど、私がそこで得た「何か大きなもの」が0か1かのデジタル化の憂き目に遭いそうと感じるだけでなく、皆さんがこれから得るであろう体験すらも私の筆によって均一化・固定化されてしまう面もあるのではないかと危惧してしまうからだ。私たちが味わった苦労や喜びは私たちだけのもので、みなさんのもそうであって欲しいと願う。

私自身が本プログラムを通して得たこと

 よく巷のインターンシップや体験活動プログラムの「体験者の声」を見ると、「この三日間を通して人生観が変わりました」とか「これからの将来を考えるきっかけになりました」といった感想が散見される。

 はっきり言わせて欲しい。数年間ならともかく、たかだか数日間の海外体験が人格形成に影響を及ぼすほど、私たちのそれは柔にできていない。自慢ではないが現に私はプログラム終了後、「これからは勢いでやってみるぞ。まずは体力作りからだ」と思っていたにもかかわらず、早速ジムの初回体験をキャンセルしてしまった。人間、一朝一夕でシンデレラ体型にはなれないものである。

 だからといって、このプログラムが無駄だったというわけでは決してない。それどころか、私自身・皆さんに元々存在している可能性と、それを阻んでいる考えに気づかせてくれた。その可能性とは「飛び込みさえすれば、試行錯誤して次に進むことのできる力」である。そしてその勇気を邪魔するのは、トライの影に潜むエラーへの恐怖である。失敗したくない、無駄なことをしたくない、出来ない自分と対面したくない–そうした気持ちを抱くのは痛いほど分かる。しかし、「やってみたかったこと」が累積した人生は、幸せとか成功の文脈に置く以前に、寂しいのではないだろうか。やってみた先に困難が待ち受けており、結果的にあなたの思うようなルートを描いていなかったとしても、それを成功かどうかを決めるのは周りの人ではない。あなただ

 『史上最高』のプログラムはヒューストンには埋まっていない。皆さん自身が10日間の素地のもとに、創り出していくのである。それに気づかせてくれた彼へのリスペクトを込めて、今回この言葉を使わせてもらった。夏休みのうちの少なくない時間を費やす上に、参加費も決して安くない。それでも私は皆さんに、このプログラムにどうしても参加して欲しいと思ってしまう。あとは皆さんの決断次第だ。

 何の成果も得られず徒労に終わるかもしれない。それどころか、足に痛手を負うかもしれない。それでも水面から”怪物らしきもの”を見出す前に、飛び込んでみよう。沈んだ先に見つけるのは、もしかしたら”秘宝”かもしれないのだから。

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kyoko

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