-なぜアトリエ系設計事務所(独立)を選択したのですか?
社会から自分を切り離すため、でしょうか。糸を切られた凧のように、自由に社会を見渡せたら、と思うことがあります。もちろん個々のプロジェクトでは現実に引き戻されます。一旦自分を切り離してから再び戻ってきて再接合を果たす、というのは非効率に聞こえるかもしれませんが、そうした過程のなかで生まれる創造性に賭けるというのが設計の基本スタンスな気もします。
-なぜ海外、そしてベトナムを選択したのですか?
発展途上国で設計をやりたいという思いがありました。発展途上国とは、単純にいうと「建築」よりも「建物」が必要な国です。社会全体を見渡すと、設計の付加価値よりも、実際的な機能価値の要求のほうが圧倒的に大きい、というバランスのなかで、自分の設計の価値をいかに認めてもらえるのか、というトレーニングのつもりで選択しました。
写真:大木宏之
−日本人のクライアント、ベトナム人のクライアントの依頼で傾向などはあるのですか?
設計期間が短い、設計を始める前に与えられる情報が少ない、予算が少ない、といった傾向はありますが、程度の差という気もします。日本人とベトナム人の違い、というよりも、日本人としての私とクライアントとの関係の違い、ということもあります。「日本人だから」センスがいい、しっかりしている、といった目で見られる一方、日本人だから「分かっていない」と思われることもあるかと思います。
-ベトナムで建築設計事務所を運営するにあたってどんな苦労がありますか?
設計時間が圧倒的に短いです。例えば、僕が以前所属していた日本の建築設計事務所とかだと、住宅の設計依頼が来て、まるまる1年間設計するっていうこともあるわけです。だけど、ベトナムではそういうクライアントはまずいなくて、例えば、住宅だったらどれだけ交渉しても、3ヶ月、最長4ヶ月ぐらいです。それでも大体のクライアントは「え、そんな時間にかかるの?」ってリアクションをします。もっとリサーチしたいし、ちゃんと設計にも時間をかけたいんですけど、それをやっているとクライアントが来なくなって事務所が潰れてしまうので、限られた時間の中で頑張るしかないですね。それでも、一般的なベトナムの建築事務所に比べると、設計期間は長いです。大体1.5倍から2倍ぐらい僕たちは設計期間を取っていますね。それだけ時間をかけて、日本の半分とか3分の1ぐらいなのです。
あと「建築」と一言で表される仕事の内容や意義というのは、社会が違えばがらっと異なります。私が考える「建築」と、スタッフやクライアントが思い描く「建築」は、ずれていることが多い。そのような中で、一緒に前進するためのコンセンサスをどうとるのか、というのは、海外で働く限り余計にエネルギーを消費するところです。それを忘れて十分な説明や説得を怠ると、作業が無駄に終わる、不毛な議論が生じる、といった問題が生じるので、注意が必要だなと思います。
-逆にどんな魅力がありますか?
ポジティブに捉えれば、上で言った意識のずれや誤解から、お互い思ってもみなかった発見をすることがありえます。自分の常識を疑うきっかけを与えてくれるので、真摯な議論は必要です。また、プロジェクトの与条件が違うので、設計が単純に面白いです。ベトナムの文化、熱帯という気候、発展途上国としての課題。どれをとっても、先進国で織りなされてきたものとは比べ物にならないくらい浅い歴史しか持っていません。自分たちが歴史の1ページを刻む気持ちで仕事に取り組めるのは、発展途上国ならではのモチベーションでしょう。
学生の頃を振り返って
-学生の頃の建築家のイメージと現実は一致していましたか?
学生の頃はベトナムで働くとは考えていませんでしたので、、、しかしそう言えば小さい頃にJICAの青年海外協力隊になってみたいという思いがありましたので、小さい頃の思いと学生時代の思いが駆け合わさってここにいる、と強引に結びつけることはできます。若手の建築家として周囲の協力者たちに様々な影響を受ける、というのが学生の頃のイメージだったとすれば、今の現実はより若い世代に教える立場として接することが多い、というのが大きな違いです。
-学生の頃、最も影響を受けた、あるいは関心のあった建築や建築家はいますか?
私達の世代はOMAに影響を受けてない学生はいないといっても過言ではない気がしますが、その中で実際に訪れる機会があったポルトガルのCasa da Musicaには4回行きました。写真や図面で捉えきれない空間のつながりやシークエンスに、訪れる前とギャップを感じるほど、その建築に萌えます。あとはインドのジャイナ教の寺院に訪れたのは建築を本格的に勉強する直前でしたが、えらく感動した覚えがあります。
-学生の頃やってよかった、やればよかったことはありますか?
やってよかったことは、留学ですね。ポルトガルのリスボンに1年いました。海外に住むというスキルが身についたのと、プレゼンが良くなきゃ自分の設計意図が伝わらないという、言葉にすると当たり前のことを学びました。やればよかったことは、先生や周りの学生たち(学年にこだわらず)ともっと話しておけばよかったかな、と。
−かっこいい大人とはどんな人だと思いますか?そうなるためになにか意識して行っていますか?
他人を軸にして自分の行動を考えることのできる人が大人だと思います。心に余裕のあるときはそれができるのに、ゆとりがなくなっていくと視野と心が狭くなって子供に戻ってしまう、というのが人間だとすると、大人でいられる時間が多いほどかっこいい大人と言えるのではないでしょうか。僕も仕事のプレッシャーに負けずに心の余裕を保てる時間を増やすよう心がけています。
−最後に大学生向けにメッセージをお願いします。
自分の将来を思い描くとき、「どの事務所を選ぶか」だけでなく「どこで働くのか」ということも考えてみてください。自分の働く場所を探すときに考えなきゃいけないのは「その社会が自分を必要としているか」という視点ももちろん重要ですが、「自分がその社会の中で楽しく過ごせるか」という視点も同様に大事だと思っています。私感ですが、「必要とされているか」に対して、後者の「楽しいか」を軽視しがちなのが日本の文化なのかな、と。もしかしたら今の学生さんは私達の世代とは違った視点を持っているかもしれませんが、いずれにしてもこの2つの矢印両方を達成できるのが良い職場です。視野を最大限広げて、いま思い描いている選択肢以外のところで働いている自分を試しに想像してみてはいかがでしょう。
-この時代の大学生に合った、とても具体的なアドバイスですね。ご協力ありがとうございました!
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