巷で良く聞かれるようになったワード「デザイン思考」。しかし、その意味は明確に定義されておらず、どこかピンとこないという方も多いのではないか。そこで、グッドデザイン賞を受賞した製品から「デザイン思考」を考えてみようというのが今回の企画。グッドデザイン賞は製品の見た目だけでなく、製品を作る過程の考えが評価される賞。きっと何か見えてくるものがあるはずだ。
そして、今回の記事で取り上げるのは、2019年にグッドデザイン賞を受賞した「ナリワイ型賃貸住宅・欅の音terrace」。設計したつばめ舎建築設計の永井さん、根岸さん、若林さんにお話を伺った。
目次
現状維持ではなく、新しい要素を加える
全住戸に店やアトリエといった「ナリワイ」できる土間スペースを持つ賃貸アパート「欅の音terrace」。生まれたきっかけは、大家さんの古いアパートの建て替えに対する違和感だった。
(永井)今はどんどん新しい建物が出来る時代なので「これまで通りの建て替えを行うだけだと築何十年のアパートは借り手がいなくなる」という危機感を覚えたそうです。そこで、なにかコンセプトをプラスした建物にしようという話になりました。企画をした不動産担当のスタジオ伝伝の藤沢さんとオーナーの大家さんと、我々つばめ舎でコンセプトの段階から話し合いを始めました。
その時の話し合いで出てきたコンセプトが「ナリワイ×暮らし」。
最近は副業や兼業が認められるようになったことで、ハンドメイドの作品をネットで売ったり土日だけお店を開いたりする人が増えてきていることに焦点を当てた。
(根岸)「住みながらお店ができる」というコンセプトは初期段階からぶれないように意識していました。一階がお店で二階が住居スペースという昔の町屋のような、「住む」ことと「働く」ことを一緒にできる建物が作りたかったです。
(若林)そこのコンセプトは最初から明確に決まっていたんですが、逆に他の部分は決まっていなかったので、どうすればそれが実現できるかというのを一つずつ考えて作っていきました。
ターゲットは、副業をしている人。特に、これから副業を始めようと思っている人に住んで貰いたい。欅の音terraceの構想を始めた2017年頃は、副業としてお店を出すのが難しいという背景があったからだ。
(若林)住んでいる場所と別にお店を借りるとなると家賃がかかるし、初めての副業だとそれが成功するのかも分からないので、副業でお店を持つことのハードルはすごく高いです。そのハードルを下げるためには、住みながらお店ができる空間があると良いのではないかと考えました。
(永井)この欅の音terraceでの出店はお試しでとりあえずやってみる場所というか、将来的に自分のお店を持ちたいと思っている人たちのスタートアップ的なものになるといいなと思っています。
新型コロナウイルスの影響で状況が変わったが、現代では「店や会社は働くだけの場所。家は帰って寝る場所。」のように生活が二極化していた。つばめ舎建築設計は「働く場所」と「住む場所」の中間的な、いわゆる場の持つ意味や使い方を限定しない空間を今後も提案していきたいと言う。
場所の使い方を限定しない場所
欅の音terraceには「DOスペース」という共用部分がある。住人が自由に使えるスペースで、デスクワークやDIY、マルシェを開催するときにお店の延長として使える、部屋+αの空間だ。
(永井)一部屋の中にお店のスペース+住居スペースという感じなので、2人で住むのには少し手狭です。当初の我々の想定とは異なり、夫婦で暮らしている方がいるのですが、ちょっと1人になれるDOスペースがあるのはとても好評です。
(根岸)また、住人同士が食事会やライブの鑑賞会を開催するなどといった活用例もあります。この空間があることで、住んでいる人たち同士のコミュニケーションがスムーズにいったと思います。
また、一階は週に4回以上お店を開ける「しっかりナリワイ」。二階は土日やマルシェの時にのみお店を開く「ちょこっとナリワイ」と、同じ「ナリワイ」をしていると言っても形態が大きく異なる。
(根岸)テラスとつながっている1階と、階段を上がらなければいけない2階はお客さんからの見え方も異なります。違いがあるのは変えられないので、逆にその違いを明確に分けて使おうという方向性に持っていきました。
(永井)二階は窓を大きくしてギャラリーのようになっているので、お店が開いてなくてもどんなことをやっているのかが分かるような作りになっています。
(根岸)欅の音terraceでは一階と二階で2種類の「ナリワイ」空間を設計しましたが、実はもっといろいろ細かく分けられるグラデーションがあるはずなんです。
「ナリワイをするときにマルシェを開けると良いのでは」というアイデアから、元々駐車場だった部分の高さと一階の床の高さをそろえてテラスにした。このテラスの「一部分のみを階段にする」という設計は、最後まで悩んで作ったこだわりがつまっている。
(根岸)ショッピングモールなどでエントランスなど一段高い部分を作る時には、全面を階段にしてどこからでも上に登れる作りにすることが多いです。しかし、欅の音terraceの階段は一部分だけです。お店があるといっても、ここにはそれぞれの「暮らし」があります。住んでいる側の安心感などを考えると「誰にでも開かれている」のは違うのではないかと思いました。オープンな空間だけど、誰でも簡単に入れるわけではないというニュアンスを生み出すために、最終的に階段を設置するのは一部分だけにしました。
欅の音terraceでは部屋のDIYが可能で、ロフトを作った入居者もいる。自分のお店を持ち、さらにDIYが可能で自分の好きなように部屋を作れる「賃貸」は珍しい。欅の音terraceをDIY可の物件にしたのにも理由がある。
(永井)これは大家さんからの要望だったのですが「できれば住んでいる人たちが自分たちで建物を管理してほしい」という声がありました。最近は「電球が切れたので交換をしてほしい、雪かきをしてほしい」など些細なことが管理会社を通じて最終的に大家さんに届いてしまうことがよくあります。普段から自分達で色々手を加えていくと、小さい不具合は自分たちで解決できるようになるのではないかと考えました。
(根岸)実際に共有部分の掃除などは当番を決めて入居者が自分たちで行ったり、雪かきを行ったりと欅の音terraceでは少しの不具合を自分たちで解決しているみたいです。入居者は全員お店をやっているので家を「魅せる」という意識の高い人が多いということも関係しているのかもしれません。
場を決定させたくないという想いがあったため、欅の音terraceは、仕上げの段階で、塗装まで全て完了させた部屋、DIYできる余白がそこそこ残っている部屋、ほぼ手を付けていない部屋など、あえて部屋の状態をバラバラにして完成させた。
(若林)僕たちは、当然家具を置くだけで住める部屋から入居者が決まっていくだろうなと思っていたのですが、予想とは裏腹に0に近い状態の部屋から埋まっていったんです。DIYがここまでOKな部屋はなかなかないので、「DIY可」と売り出すと、得意な人が入居してくれることが分かりました。
作ったものが行動のデザインを生み出す
欅の音terraceは「こうなるといいな」と想像していた理想を、空間をデザインすることで実現させている。そこには、設計の段階から、ものだけでなく人の行動をデザインすることを意識していたという背景がある。
(永井)色々なものを用意してお膳立てしすぎると「やらされている感」が強くなってしまうんですよね。出来るだけ自分たちで考えて自発的に動いてもらいたいと思っていたので、絶妙な塩梅を生むのが大変でした。
(若林)「もの」として形を確定させるのでは無く、僕たちは補助線を引くイメージでものを作っています。「これはこうやって使ってください」と明確に示すのではなく、使う人が自由にできる余白を残したデザインにすることは強く意識していました。
「ナリワイ×暮らし」というコンセプトをぶれずに運営したかったこともあり、入居者を募集する際には事業計画書の提出や面談を行った。つばめ舎建築設計の建築士の3人はマルシェの運営、「DOファシリテーター」として入居者へDIYのアドバイス、入居者を選ぶなど、設計が終わった後も欅の音terraceに関わっている。
(根岸)コンセプト型の住居を作る際には、運営をどうするのかという問題が必ず出てきます。作るだけ作って運営の部分などを全くやらないというスタンスではうまくいかないと思っていました。なので、最初からマルシェの運営などをやろうとは話していたのですが、まさかここまで深く関わることになるとは思っていませんでした(笑)。
(若林)作っている中で、ここまで手をかけたならどんな人が住むのか見たいし知りたい!もっと関わりたい!と思うようになって、気がついたら運営のほうまでどっぷり浸かっていたという感じですね。成り行きです。
(永井)でも最近は、設計だけでなくコンセプトの部分から運営まで、建築士が関わる現場が増えていると感じます。時代の流れが変わってきているのかもしれません。
アイデアは決して奇抜なものではない
つばめ舎建築設計の3人は「欅の音terrace」が新しいアイデアだとは全く思っていない。現代は住む場所と働く場所が分かれているが、昔は町屋や農村での暮らしのようにナリワイと暮らしは分かれていなかった。そのため、新しいアイデアと言うよりは、今の当たり前の生活を昔の当たり前に戻した感覚だ。
(若林)正直「住みながらお店ができる」というアイデアは、誰でも思いつくとおもうんです。じゃあなんで今まで実現していなかったかというと、正直めぐりあわせの部分が大きいと思っています。こういうコンセプトのある賃貸は、建てて終わりではなく運営が必要です。どこまで自分たちが関わるのか、大家さんが関わるのか。その場合は、大家さんの負担になるので実現することが難しい…など、当たり前を変えるためには小さな「面倒くさいこと」をたくさん乗り越える必要があります。今回はそういう問題が全部クリアできるすごく恵まれた状況だったので、実現できたという感じですかね…。
(根岸)ナリワイ型の住居は自分達的には当たり前のことをやっている感覚なんですよ。逆に言うと、今はなぜ同じような作りのワンルームのアパートが多いのか、というところに疑問を感じます。もっと自分たちの住みやすい形の住居があっていいのではと思います。
欅の音terraceは「住む場所と働く場所は別」という現代の当たり前を変えた。当たり前を疑うことはできても、変えるために行動を起こしさらに実際に変化を生むことは難しい。つばめ舎建築設計の3人は当たり前を変えるために重要なのは「とりあえず行動すること」だと考える。
(根岸)とりあえず「DO」。やってみることだと思います。うまくいくか分からないけどとりあえずやってみようという考えはものすごく大事で、やらないと成功するのか失敗するのかも分からないんですね。やってみてうまくいかなかったら、その時にまた考えればいいんです。
(永井)そして、たまたまでも一件成功例ができると後に続くものが出てくるんですね。例えば、欅の音terraceでいうと「こういうの作ってみたかったけど、うまくいくか分からなくて出来なかった。自分もやってみたい。」という声をほかの大家さんからも聞くようになりました。このように一つの成功例から、少しずつ変わっていくことが、最終的に当たり前を変えることにつながるのかもしれませんね。
つばめ舎建築設計では、今後「新しいライフスタイル」を体現するものを作りたいと言う。コロナの影響で、家で仕事をするのが当たり前になってきたことで、働く場所、住む場所という風に場の使い方が限定されなくなった。それはつばめ舎建築設計の目指す、使い方を限定しないグラデーションのある空間ともつながる。
(若林)本当は100人いれば100通りの部屋ができるはずなのに、今は一定の型で作られている部屋に、住む人の方が合わせていますよね。
(根岸)今の型が最適だと無意識のうちに思っているけど、「ナリワイ×暮らし」のように全然違う型を試してみたら意外としっくりくるかもしれない。当たり前をかえる、という言葉で表現できるのかもしれませんね。その思いで、今回は「ナリワイ型賃貸住宅」を作りました。
デザインとは
「デザイン=問題解決」と定義されることもあるが、この一言で全てを語っているわけではない。この定義を踏まえた上で、デザインとは何かを伺った。
(若林)自分の中でデザインは、全て言葉や数値など何かしらの手段で記述できるものだと捉えています。なので、デザイン思考というのは、そのデザインを表現するために対象の解像度を上げることだと。アートは言語化をしようとしてもしきれないところなのかな。
(永井)言葉で表現できるということは、解決・整理していくことにつながりますよね。たくさんある解決策のうちの一つだと思います。
格好いい大人とは?
(若林)子ども心を忘れていない人ですかね。子どもより大人の方が優れているという考えは違うと思います。むしろ逆で、大人の方が諦めたり忘れたりしていることの方が多いので。子どもの方が「なんで」と思うじゃないですか。そこで黙って受け入れるのが大人らしさとするなら、子どもの方がずっと格好いいと思うんです。
(根岸)とにかく行動に移せる人ですね。大谷翔平さんはすごく分かりやすく格好いいと思うんです。ピッチャーとバッターをどっちもやるというのは少年野球だと当たり前だけど、プロになって社会にでると急に制限されてしまう。そこで「やりたい」と押し切って、社会の当たり前を壊してしまえるのは格好いいですよね。
1993 大阪府立大学経済学部卒業
2001-2009 川口通正建築研究所
2009- 一級建築士事務所gap設立
2014- つばめ舎建築設計設立
1997 東京ビジュアルアーツ(映画製作を学ぶ)
1999 立命館大学文学部
2004 工学院大学二部建築学科卒業
2005-2010 川口通正建築研究所
2012- 根岸龍介デザイン事務所設立
2014- つばめ舎建築設計設立
2014 芝浦工業大学工学部建築工学科 卒業
2016 芝浦工業大学院建設工学専攻 修了、水辺総研
2016- ウミネコアーキ設立、つばめ舎建築設計パートナー
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