最近「これからのビジネスは“デザイン思考”が重要になる」というフレーズをよく耳にしませんか?実際に欧米では、デザインを重視して経営を行った企業の業績が著しく伸びたというデータがあります。そして日本でも、採用する大学生に「デザイン思考」を求める企業が増えています。
でも…結局デザイン思考って何?
検索したり、本を読んだりしてもピンとこない。そこで、グッドデザイン賞を受賞した製品から「デザイン思考」を考えてみようというのが今回の企画です。グッドデザイン賞は製品の見た目だけでなく、製品を作る過程の考えが評価される賞…。きっと何か見えてくるものがあるはず…!
そして今回の記事で取り上げるのは、2019年にグッドデザイン賞を受賞した、+maffs 「+ 住宅用消火器」。消火器は赤…という思い込みがあったのでモノクロでスタイリッシュなデザインを見た時には驚きました。その開発者である、モリタ宮田工業株式会社 北里憲さんのインタビューをお届けします!
2006年株式会社モリタ入社。その後13年間で、営業企画、法人開拓営業、経営企画、マーケティング、新規事業創出等に従事。
2019年1月に防災ライフスタイルブランド『+maffs(マフス)』設立。
2019年度グッドデザイン賞において、+maffs「+ 住宅用消火器」で特別賞グッドフォーカス賞を受賞(プロデューサー)。並行してプロジェクトリーダーを務めていたプロダクト『泡シャワー KINUAMI』もグッドデザイン賞を受賞(ディレクター)。
―北里さんの今のお仕事内容を教えてください。
今は、一般的に企業向けに販売して、新規の企業を開拓したり新しい商流をつくる仕事をしています。
ー今のお仕事と+maffsの製作があまりつながらないのですが、どのような流れで+maffsを作ることになったのですか?
+maffsを立ち上げたときはマーケティングの部署にいました。マーケティングと言っても市場のリサーチをするだけでなく、社内で新しい企画やビジネスの芽を立ち上げるというのも仕事の一つでした。そこで社内に新しいブランドを立ち上げようということで始まりました。
ー+maffsは「防災をライフスタイルに。」というコンセプトで作られていますが、コンセプトのアイデアはどこから生まれたのですか?
消火器というのは消防法で設置を義務づけられているので、病院や学校、駅など家の外で活動する場所には大抵置いてあります。しかし、家の中には消防法が介在しないので消火器を置かないといけないという義務がありません。そのため、家の中に消火器を置くということが意識の中に浸透していないのをどうにかしたいなと思ったのがきっかけです。
後は、消火器の市場として「個人の家の中」はまだ開拓されていなかったので、そこに目を付けたというのもあります。防災の本質として「家庭の安全」があると思うので、もっと一般の人に防災に興味を持ってもらいたいと思っていました。
ーなぜ、家の中での防災はあまり意識していない人が多いのでしょうか?
こんな言い方をすると身もふたもないのですが、防災に対して「面白くない」という印象を抱いているのだと思います。防災は何かあった時に人の命が関わるシビアな問題ですが、それをストレートに伝えるだけだとお客さんは受け入れにくいのではないでしょうか。今まで興味・関心を持ってもらえるような伝え方をしてこなかったということでもありますね。防災という言葉の発信の仕方などに工夫が必要だと思いました。
ー具体的にはどのように防災について発信しているのですか?
私たちは、防災を災害の備えという従来の意識ではなく、自分の家族を守るための備えと伝えています。実際、僕自身に家族が出来たときに、家族を守りたいなという気持ちが大きくなりました。防災を、家族を守るための備えと考えると、それまで防災に対して感じていた堅さがなくなったので、+maffsは「家族や大切な人を守る」をテーマに、防災と生活との境目をなくすものを作りたいと思っています。
ー境目をなくすためにどのようなデザインにしたのですか?
この会社に入った時、母に普通の赤い消火器をプレゼントしたんですよ。でも、すぐに押入れの奥にしまわれてしまいました。折角備えたのにも関わらず、いざという時に効果的に使用できないのは、とてももったいないですよね。しまわれるということは、従来の消火器は家に、生活になじまないということの表れです。なので、ライフスタイルに寄り添った生活になじむデザインにしました。
ーそこで「白い消火器」を作ることになったのですね。
+maffsを立ち上げる前から自分の中で、白い消火器を作れたら格好いいなというアイデアはありました。白色は家電によく使われるのですが、それは家や暮らしと調和しやすいからだと思います。それで、生活になじむ消火器=白という風にアイデアがつながりました。
ー+maffsの「+ 住宅用消火器」のこだわりは?
マットな質感を実現させたことなど色々あるのですが、とにかくシンプルにすることにこだわりました。普通はどこの会社でも「自分たちが作っている」ことをアピールしたいので、会社のロゴを入れたり、目立つようにロゴを入れたりします。でも、僕たちの目標としていた作りたい消火器は「家の中に居場所がある」消火器です。そういう会社のロゴなどを入れることがノイズとなってその目標の邪魔をするなら、無理して主張しないことが結果的にお客様のためになるのではないかと考えました。なので、正面から見たときにすべてのノイズをなくした無垢なデザインにすることで、置いてもらいやすい消火器の製作を実現させました。
ー確かに正面から見るとものすごくシンプルなデザインですね…!なぜ、そこまでシンプルにすることにこだわるのですか?
住環境に置くものなので「ある」ことに違和感を持ってほしくないので、シンプルなデザインにこだわっています。
あと、シンプルにするだけでなく余白を作ることにもこだわりがあります。消火器には必ず記載しないといけない表記があるので、従来の消火器はステッカーが大きく貼られています。ですが+maffsの「+ 住宅用消火器」はステッカーを裏側の下半分にまとめたので、表側と裏側の上部はフリーになっています。このフリーな部分に例えばシール・ステッカーを貼ったり、絵をかいたりと買った人がパーソナライズできることが、見える場所に設置してもらえることにつながるのではないかと考えました。
※消火器のペイントには使用できない画材があるので、絵を描く際は調べてから行ってください。
参考ページ:カスタマイズで「消火器」をお気に入りの逸品に。
ー自分の好きなようにカスタマイズすると、そのものに対しての愛着が湧いてきそうですね。
消火器は、一度買ったら基本的に5年間は家に置いておくものなんですよ。なので、グラフィックやキャラクター等をひとつのデザインに決めてしまうと、その家のデザインや趣味嗜好に合う・合わないが出てきてしまうと思ったんです。なので、シンプルで余白のあるデザインにして、絵などを描く描かないは使用されるお客様に委ねることにしました。
ー消火器は一度買うと長く置いておくものなので、他の製品以上に生活になじむことが必要なんですね。
あと、5年という期間を意識してもらうためにタグ(メモリータグ)を付けました。消火器に使用期限があるということを知らない人や、使用期限が切れたものを置き続けている家庭が多く存在するという課題があります。従来の消火器にも使用期限は書いてあるのですが、認識していない人が多い。+maffsについているメモリータグには買った日と、使用期限を書き込めるようになっています。自分で使用期限を書くという行為を促すことで、使用期限を認識できる仕組みになっています。
ー他の消火器との違いはありますか?
これまでは、プロダクトブランドと言って商品に名前がついているものを作っていたんですけど、今回の消火器はブランドの一ラインナップとして作ったという点が異なります。今まで+maffsの話をしてきましたが、「+maffs」という名前の消火器ではなくて、+maffsというブランドの中にある「+ 住宅用消火器」という製品なんです。僕たちは消火器を置いてもらうことだけが防災だとは思っていません。なので、今後防災についての製品を増やすときのことを考えて、ブランドの一部として作りました。
ー製作の際に大変だったことはありますか?
これは弊社の消火器に限る話ではないのですが、製造系の会社では基本的に同じ形の同じものを大量に作ることで利益を出すのが前提になっていることが多いです。なので、+maffsの「+ 住宅用消火器」もメーカーとしての生産効率を考えると白じゃなくて赤い消火器が正解なんです。実際、白い消火器を作るために新しい製造ラインを作っているので。
また、マットな質感は工場での製造途中に汚れがつきやすいという特性があります。今まで以上に気を使って作業をしなくてはいけないので、マットな質感にこだわることは大変でした。
ーその困難をどのように乗り越えたのですか?
僕を含めて+maffsを作ったチームの全員が+maffsの「+ 住宅用消火器」をなぜ作りたいのかという想いを共有していました。なので、何度も工場の人や経営陣などに作る意義など僕たちの考えていることを伝えました。
他にも大変なことはたくさんありましたが、「防災をライフスタイルに。」というコンセプト、そしてそのために「見えるところにおいてもらえる消火器を作る」という核となる想いがぶれなかったので作れたのだと思います。ものづくりをするには想いだけだとうまくいかないですが、想いが無いと良いものは作れないと思います。新しいことをやろうとすると特に色々な壁が出てきます。僕らの場合は、壁を乗り越えられるくらいこのブランドをやりきる意義には自信があったのと、チームメンバーと思いの共有ができていたことが製作の後押しになりました。
ー+maffsの「+ 住宅用消火器」はグッドデザイン賞の審査員から「当たり前を変えた製品だ」という評価をされていますが、当たり前を変えるために意識していることはなんですか?
当たり前を疑うことですかね。疑うということは、無下にそれまでやってきたことを否定することではありません。今やっていることは確実な過去からの成果があるので今につながっている。それを否定するのではなく、これからもそのやり方でいいのか、変えることで新しく手に取ってくれる人が増えるのではないか、と疑うことが大事だと思います。その上で、その当たり前を変えることで誰かが喜ぶとか、自分たちがやりやすくなるものはどんどん変えていっていいのではと思います。
ーものづくりにおいて必要なことは何だと思いますか?
技術力とかニーズに応えることはもちろんだと思うのですが、一番は自分が思い入れを持って作れるか、その製品を溺愛できるかです。僕は今でも+maffsの「+ 住宅用消火器」がものすごく好きで可愛いんですよね(笑)。質感が気に入っていて、あると触っちゃうし、周りの人にも薦めたい製品。自分で言うのもあれですけど、良いものが作れたし、作ってよかったなとすごく誇りに思っています。溺愛していないものを作っても、買ったり共感してもらえないんじゃないかなと。
新しいものを作るとか新しいことを始めようとすると、必ず反対されたり困難にぶつかったりするので、ものすごくエネルギーが必要です。溺愛するくらいの好きという気持ちが無いとやりきることは難しいのではないかと思います。
ーものづくりは製品が完成したら終わりなのでしょうか?
いえ、今は商品があふれている時代なので、発売したら商品が売れるというわけでもないです。なので、発売後もお客さんにその製品を知ってもらうためや、その製品を好きになってもらうための取り組みをしないといけないです。これも好きだからこそ、そこまで手をかけられると思うので、やっぱりその製品が好きだという気持ちは大事だと思います。
ー+maffsの「+ 住宅用消火器」を発売してからはどんな取り組みを行っているのですか?
個人的には家族や友人に防災や消火器の話をしています。後は+maffsの「+ 住宅用消火器」をプレゼントしたり。消火器が贈り物の定番として定着してほしいと思っているんです。誰かが家を建てた時に「じゃあ消火器を贈ろう」となり、もらった人がまた別の機会に消火器を贈ると「環」のような人とのつながりが生まれると思うんです。
本日何度もお話したように、「防災をライフスタイルに。」というコンセプトについてはこれからも大切に、発信をし続けたいと思っています。今回は消火器という点から実現を目指しましたが、防災の具体的な方法や接点は人によって様々だと思うんです。防災との接点をたくさん作るというのが僕らのブランドの活動意義で、やるべきことだと思っています。「防災だからこれ」と幅を狭めるのではなく、色々な接点を作るのとそれを発信することを行っていきたいです。
ー+maffsの「+ 住宅用消火器」を製作する際に、デザイン思考は意識されましたか?
実はこのプロジェクトをスタートさせるときに、デザイン思考ということを中心に置いて考えたわけではないです。どんな消火器があればいいか、どうすればブランドに共感してもらえるか、そのうえでどんなところに課題があるのか、など自分たちの製品について考え続けた結果「デザイン思考」という言葉とつながった感じです。
製作の過程を振り返って、デザイン思考的だなと思ったのは「人」を意識したことです。消火器を使うのも作る自分達も人なので、人に思いをはせることはずっとしていました。
―「思いをはせる」とは?
「防災という言葉にはもっと温度が必要だ」と、ある時にチームメンバーが言い出しました。防災に関することは、どうしてもそこに温度が通わない表現になってしまう。実際に被災するのも人なので、愛情のような温かさなど温度感を意識して「人起点」で考えることが良い製品につながると考えました。それがデザイン思考という言葉につながるのかなぁと思っています。
―北里さんの思う格好いい大人とは?
実は僕らのチームでは、そういう話をよくするんです。防災に関する仕事をやっているからということもあると思うのですが、愛情の置き所を分かっている人は格好いいと思います。自分がどういう人を大切にするべきで、誰を助けたいと思うのか、そのために自分に何ができるのか、するべきなのかを把握できていると、自分が追わなければいけない変化するためのリスクなども受け入れられると思います。
うちのチームにはそれを実現できている人がいるんです。彼女を始めとしてこのプロジェクトで色々な人と話す中で、僕は格好いい人はこういう人だと思うようになりました。そういう意味でも+maffsを製作してよかったとすごく思います。
―ありがとうございました。
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