巷で良く聞かれるようになったワード「デザイン思考」。しかし、その意味は明確に定義されておらず、どこかピンとこないという方も多いのではないか。そこで、グッドデザイン賞を受賞した製品から「デザイン思考」を考えてみようというのが今回の企画。グッドデザイン賞は製品の見た目だけでなく、製品を作る過程の考えが評価される賞。きっと何か見えてくるものがあるはずだ。
今回お話を伺ったのは株式会社デザインフィルの「ボールポイントペン/メカニカルペンシル」。このペンは株式会社デザインフィルの中にあるブランド、PLOTTER(プロッター)から生まれた。
PLOTTERのプロデューサー斎藤崇之さんに、ブランドに込められた想い、製品へのこだわりについて伺った。
デザインフィルはデザインステーショナリーのメーカー会社であり、デザインから製造まで全て自社で行うインハウス方式で事業を展開している。
事業は大きく分けて2つ、ライフスタイルデザイン事業とコマーシャルデザイン事業がある。
〇ライフスタイルデザイン事業
自社内ブランドの企画、開発、製造、卸販売、小売販売を行っている。今回取材させていただいたPLOTTERはこのライフスタイル事業の一環。
〇コマーシャルデザイン事業
ライフスタイル事業で培ったノウハウを生かして、
企業から依頼を受けてイベントの時に使用するグッズやノベルティ、ショップで販売するアイテムを企画、デザイン、製造している。
目次
PLOTTERのコンセプトについて
PLOTTERは「創造力で未来を切り拓く人のために使う人のクリエイティブを引き出す」をというコンセプトを持つ。コンセプトに込められた想いとブランド立ち上げ時に考えていたことを伺った。
(斎藤)元々デザインフィルには、システム手帳を作っているKNOX(ノックス)というブランドがあります。そこで、最近のシステム手帳ユーザーは自分たちでカスタマイズし、クリエイションを楽しむ傾向があることに気づきました。KNOXのシステム手帳もビジネスという枠や仕事のオンオフにとらわれず、こちらが制作時に想像もしていなかったような使い方をユーザー自身が生み出し、パーソナライズして使っていたのです。
そのため、制作するこちら側が使い方の幅を狭めないように、もっとシンプルなものを作ろうと考えました。ベースだけを提供し、使い方は自由にカスタマイズできるようなもの。PLOTTERは、そのような創作を楽しめるようなクリエイティブなツールやストーリーをつくりたいという思いでできたブランドです。
PLOTTERがアナログツールを制作する理由
斎藤さんによると、様々なもののデジタル化が大いに進んでいるが、今の時代だからこそデジタルとアナログが共存する必要があるという。また、この新型コロナウイルスの影響でものづくりに対する考え方が激変しているそうだ。デジタルなものが普及する現代で、手帳やペンなどアナログツールの良さを斎藤さんに聞いた。
(斎藤)新型コロナウイルスの影響で、何を遺すか・何を作るかが今一度考えられています。仕事や勉強のオンライン化が進んだことで、僕たちはアナログツール特有の「動作」の価値を再認識しました。手を動かして書くことは脳を刺激するし、パラパラページをめくって探すなど、アナログツール特有の「余分な」動作は閃きを生むこともあると思うんです。僕は、アナログのものこそが人間を人間たらしめるツールだと思うので、市場規模が小さくなっていっても、無くなることは絶対にないと信じています。
それに、どんな仕事や作業でも、シンプルなアナログツールに手書きで自由気ままに書いて、そこから生まれたものをデジタルツールで改めてまとめるといった流れが現代の思考のアウトプット方法として最適なのではと思っています。
今は色々なものがデジタルに変わってきているが、逆にアナログに回帰している部分もあると斎藤さんは感じている。
(斎藤)最近は、直感的に「いい」と思うものが選ばれているというか。システム手帳とか、レコードとかカセットテープとか、そのものの全盛期を知らない人たちが買っている。それはアナログの良さに直感的に気がついているからだと僕は思います。
今だからこそ、作業の時にアナログのものを使って時間の流れを少しスロウにして、人間時間に戻してものを作ったり考えたりすることは、結果的に理想的な、或いはそれを超えたゴールを生んでくれると思っています。なので、まだ気がついていない人たちに僕らのはアナログツールの良さを伝えることが僕らの使命だと思います。
ボールポイントペン/メカニカルペンシルは、おそらく筆記具の原点であったであろうシンプルな一本の木の棒に着想を得て生まれた。
(斎藤)ペンの原点って太古の壁画くらいにまでさかのぼると思うんです。そうすると、最初は書くための道具はきっと木の枝とかシンプルなものだった。今のペンには様々な付加機能がついているものが多いけれど、それらを削ぎ落すことによって見えてくる付加価値もある。「道具は余白感のある単純なモノこそが使う人の頭を研ぎ澄ましてくれる」ということをね。だからこそ、僕らは書く道具の原点に回帰して出来るだけシンプルなものを作るにはどうすればいいか…ということを考えました。
製品に込められたこだわり
ボールポイントペン/メカニカルペンシルは限りなくシンプルなデザインのペンだ。しかし、そのシンプルな見た目とは裏腹に、1本のペンの中に様々なこだわりや想いが詰まっている。
(斎藤)アナログツールで思考を引き出すためには五感をフルに活用することが大切だと思うんです。現にこのペンはシンプルでありつつ味覚以外の4つの感覚器官を刺激できるような仕組みが施されています。視覚はペンの形状。触覚はペンの触り心地。嗅覚は使用している真鍮の香り。聴覚は芯を繰り出したり筆記するときの音。
「ペン先や芯を繰り出す」という、時間で言うとたったの0.5秒ほどの動作ですら刺激を与えることができるのがアナログの良さだと信じています。
その他にも、書いている時に存在感を感じさせないような低重心の設計や、ペンの長さ、重さなど、意味が込められていないパーツは存在しない。
(斎藤)このペンはローレット加工と言ってペンの表面が全体にわたって凸凹しています。他社のペンでもこの加工がなされることは多々あるのですが、大抵はグリップの部分だけです。でも、ペンの持ち方のクセは個性と同じで人によってバラバラなので、なるべく多くの人にアジャストするよう、全面をローレット加工にしました。
(斎藤)ジェンダーレスで使えるデザイン、くり抜くのに高い技術力と職人技を必要とする金属のペン軸、グリップの細さにもこだわりました。ペン本体の直径を9㎜にすることは特に。太すぎると字を綺麗に書くのが難しくなり、細すぎると書くときにグリップがおぼつかず揺れてしまいます。中に入れるボールペンの芯の太さは規格が決まっているので、兼ね合いをつける9㎜がベストだと結論に達しました。
こだわりを実現させるというこだわり
持ち手のローレット加工を全面に施すことや、細さを9㎜にするなどの細かいこだわりは、他の企業は手間とコストかかるという理由で実現を諦めることが多い。PLOTTERがこだわりを実現できた理由を伺った。
(斎藤)PLOTTERは、そこをこだわり抜いた先にこそ「お客さまが感じる使いやすさ」があるというゴールが明確に見えていたからだと思います。いわゆるペンメーカーが似たようなものを作ろうとするとどうしても利益優先となり、コストのかかるこだわりはなかなか実現しないケースが多いように感じます。わたしたちデザインフィルという、ペンの会社じゃないからこそ作れたペンなのかなと。
こだわりがたくさん詰まったPLOTTERの製品は、グッドデザイン賞を始めとして、Red Dot Award 2020、ドイツのiF Design Award 2020など国内外問わず様々な賞を受賞している。しかし、賞を受賞したのは結果であり、制作するときには全く意識してないと語る。
(斎藤)色々チャレンジをして作った製品が後で評価されているという形ですね。賞を狙って製品を作ることはありません。デザインフィルでは様々なジャンルのものを作るのですが、ペンなら「書く」ことというように、それぞれの本質的な機能がしっかりとしていることを最重要事項として考えています。つまり、見た目は良いけれど機能が微妙…という製品はありません。機能的な製品であることを前提として、そこにどのように必然性のあるデザインを施していくかを考えてものづくりをしています。
ものづくりを専門とする斎藤さん。アイデアが煮詰まってスランプに陥った時に行っているルーティンについて伺った。
(斎藤)僕はデスクに座ってアイデアを考えることが出来ないんです。体感していないと発想が生まれないので、業者の人と話をしたり、素材に触ったり、お客さまの行動を定点観察したり、カフェで仕事をしたりと、全てのことが刺激になるので常にできる限り外に出ていくことを意識しています。僕は企画の仕事をしているんですけど、ほとんど会社にいないんです(笑)。
斎藤さんは、何も成果を出していない状態で気分転換に別なことをしたり外に出たり遊んだりすることは勇気のいる行為だが、アクションを起こさないといいアイデアが生まれないので少しでも動くべきと語る。
(斎藤)瞬間的にひらめきを生むためには、ピンポイントでそのことについて考えない方がいいと僕は確信しています。
シャワーを浴びているとアイデアが急に降りてくることがあると耳にしたことがありますが、それってある意味必然的なことなんだと思っています。頭の中に引き出しをたくさん作っておくと、ふとした瞬間に一見関係なさそうな記憶同士がつながってアイデアが生まれるので、煮詰まった時ほど外に出たほうが良いですよ。
今後作っていきたいもの
ここまでのインタビューで、PLOTTERでは一つの製品に並々ならぬストーリーとこだわりを込めて制作をしていることが伝わっていることと思う。また、今はコロナウイルスの影響でものづくりの形が変わって来ている。そこで、斎藤さんに今後どんな製品を作りたいと思っているか伺った。
(斎藤)僕は、アナログツールにはまだまだ潜在能力があるということに確信を持っているので、使う人の心が豊かになるようなものを作り続けたいという思いはこれからもぶれません。ステーショナリー以外のものを作るとなっても同じですね。
後は、いわゆる“余白”を残したアイデアやデザインを心がけたいです。使う人自身にその使い方を自由に考えて欲しいので。手にすることで新しい何かが生まれることが道具の原点なので、デジタルツールよりもちょっと使いこなすプロセスが多いようなもの。使う人が思いのままにカスタマイズできる余白を、あえて残していきたいなと思います。
これからのものづくりで重要になること
新しい生活用式が定着してきて、ものづくりで求められることや必要となることは変化している最中にあるだろう。そこで、これからのものづくりで重要になると思うことを斎藤さんに伺った。
(斎藤)「作る」ことだけを考えていたら企業としてもブランドとしても淘汰されてしまうと思っています。ものづくりの中心に据えなくてもいいけど、これからは世界とか地球レベルでものを考えていくことが重要だと。例えば、このペンも環境のことをものすごく意識して作ったわけでは無いけれど、長く使えるものを作ることは結果的に環境にかける負荷が小さくなっている…かもしれない。環境という言葉一つで語れることではないんですけどね。努力目標程度かもしれないけれど、そういうことをどれだけ意識してコンセプトやモノを作るかで10年後20年後の社会は大きく変わってくると思います。
デザインとは?
デザイン・デザイン思考という言葉が巷で聞かれるものの、その定義ははっきりしない。むしろ、明確な定義は存在しないのかもしれない。そんな状況の中、デザインを理解する糸口として、プロデューサーの斎藤さんにとっての「デザイン」とは何かを聞いた。
(斎藤)前職でアパレルに関わっていた時は、ただ見た目の美しいものが良いデザインだと思っていました。でも今は、アウトプットの体裁だけでなく、そこに至るまでの行為や製品に込められたストーリーなど全てのことがデザインだと。言ってしまえば、私たちの生活すべては何かしらデザインされ、作られ、体験されている。人や道具の所作とか仕草とかもそうですよね。モノだけではなく、意味合いや行為までも含めて、それをいかに美しくできるかの方法論を伝えていくのがデザインなんだと思います。
デザイン思考とは?
斎藤さんはデザインに関わる仕事をしていて普段「デザイン思考」を意識したことは無いという。この取材をきっかけにデザイン思考について考えた結果、普段の自分の行動がデザイン思考と言えるのではないかと話してくれた。
(斎藤)デスクで考えるだけでなく色々な所に足を運んで、自分で体験し体感したことから自分と社会というフィルターを通して考えてアイデアを生むことがデザイン思考と言えるのではないかと感じました。考えていることだけがデザイン思考ではなく、自分で体験して五感で味わったものを伝えていく作業。そして、伝えたものが使った人の心を豊かにして、長い目で見ると文化や地球の豊かさにもつながる。それが今の僕にとってのデザイン思考です。
斎藤さんは、世知辛い社会の中で若い人の余裕がなくなっていると感じているそうだ。
そんな若者へのメッセージを伺った。
(斎藤)若い人たちは、若いが故の行動力を活かしてもっと遊んでたくさんの引き出しをつくって、心に余裕を持つことが大事だと思います。
モノが溢れる現代では1からものを作ることはなかなか難しい。ほとんどのものが要素の組み合わせで生まれています。例えばこのペンも、ペンという元々あるものに何を付け足すか、何を削ぎ落すかを考えて出来たものです。なので、デザイナーに求められることは違う所にあり一見関係なさそうな物事をつなげる力です。それに気づくためには、いろいろなものを体感しインプットするための遊ぶ時間、つまりあえての回り道が必要ですね。早くゴールを見つける必要は全くないと思います。
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