メディア/デザイン

取次の日販がデザインする新しい本屋の形「文喫」インタビュー

最近「これからのビジネスは“デザイン思考”が重要になる」というフレーズをよく耳にしませんか?実際に欧米では、デザインを重視して経営を行った企業の業績が著しく伸びたというデータがあります。そして日本でも、採用する大学生に「デザイン思考」を求める企業が増えています。

でも…結局デザイン思考って何?

 

検索したり、本を読んだりしてもピンとこない。そこで、グッドデザイン賞を受賞した製品から「デザイン思考」を考えてみようというのが今回の企画です。グッドデザイン賞は製品の見た目だけでなく、製品を作る過程の考えが評価される賞…。きっと何か見えてくるものがあるはず…!

今回お話を伺ったのは、日本出版販売株式会社、通称日販が手掛ける本屋「文喫」のブックディレクター有地和毅さん。

六本木にあった青山ブックセンターの跡地に2018年にオープンした文喫は「本と出会う本屋」をコンセプトに本が並ぶ。入場料を払えば、1日中滞在が可能。喫茶室で味わうことのできる珈琲や軽食にもとことんこだわっている。
2019年度グッドデザイン賞の「グッドデザイン・ベスト100」の中から選出される「グッドフォーカス賞 [新ビジネスデザイン]」を受賞。

出版業界が厳しくなっていると言われている中で話題を呼んでいる文喫の取り組み、こだわり、そしてデザイン思考についてお聞きしました。

ー本の流通を行う「取次」の会社である日本出版販売株式会社が文喫という本屋を作ったのはなぜですか?
ECサイトでの本の購入が一般化した今、本屋は本を手に入れる唯一の手段ではなくなってきています。目的の本を早く手軽に買いたいというニーズにはECサイトが強いので、これからの本屋は本を手に入れる場所としてだけでなく、別の機能も必要になってくると考えています。実際に手にとるというフィジカルな行為と供に本を手に入れる、その意味の最適化を目指して何かできないかということで生まれたのが文喫です。

 

ー何かできないかという考えから、文喫誕生まではどのような流れだったのですか?
文喫は実現までのプロセスが非常に特徴的で「文喫」という名前から企画が動き始めました。名前やロゴなどの具体的なものと、抽象的なものの間でアイデアを行き来させながら形ができていったというのも特徴ですね。

 

ー抽象的なもの、とは?
例えば、お店のコンセプトなどの概念ですね。「新しい本屋」を作ろうということは決まっていたのですが、新しい本屋にも色々な形があります。リアルな本屋がある意味、お客さんが本屋に求めているものは何かなどアイデアを出して、既に具現化している名前などとつなげていきました。文喫のプロデュースは日販と株式会社スマイルズが共同で行ったのですが、日販は出版業界の内側にいてスマイルズは外にいます。内側・外側にいるから出せるアイデアを組み合わせて作ったのも良かったのかもしれません。

ー文喫には「文化を喫する」というコンセプトが核にありますが、ここに込められた想いとは?
「喫する」というのは、口を通して喉に入れるという意味で、身体的な含みがありますよね。ユーザーの体験にフォーカスした言葉だと思うんです。
今まで本屋はお客様の本を「読む」行為には立ち入って来なかったんです。あくまで本屋は本を買う場所であり、そこから先の本を読む行為はお客様に委ねる。本というプロダクトの性質に合った距離感、本屋としての美徳でもあると思います。でも、本を選ぶという行動に必然的に「読む」という行為は含まれます。ぱらぱらめくったり、目次を見たり、冒頭を少し読んでみたり。それなら、本屋での本との出会いを起点に、本がもたらす体験をひとつながりの流れとしてデザインすることもできるんじゃないかと思ったんです。

 

ー文喫が本屋業界で果たす役割は?
文喫はある意味で、人と本との出会い方の実験をしている場所でもあるんです。こういうやり方もあるよね、という提案ができる場所です。
例えば、入場料システムを使っているのもその一つで、従来の本屋は無料で入ることのできる場所。それをあえて有料にしてお金を払ってもらうことで、モードが切り替わると思うんです。本を探すモードになるというか。「お金を払ったからには何かを得たいな」という目的意識を持っていると、そこで過ごす時間がより有意義なものになる。そういうアンテナを張っていると良い本と出会う確率が高くなるんじゃないかなと思っています。

ー他の本屋と比べた文喫の特徴は?
居場所を確保していることは文喫のこだわりの一つです。1人1つの座席を確保することで、荷物を置いて、自由に動き回ることができるようになります。すると、本との接触時間が伸び、吟味する冊数も増えるんです。自然と購買率も高くなります。
この場所でどう過ごして欲しいかをお客様と共有できているのも他の本屋と異なる事だと思います。文喫のコンセプトを共有するために、入場バッジを渡す際に文喫での過ごし方をお伝えしています。

 

ー本の置き方にこだわりはありますか?
通常、本屋では平積みは同じ本を複数冊積んでいますが文喫では同じ本ではなく異なる本を同じ場所に積み上げています。なんらかの関連性がある本を近づけることが多いです。気になった本の周りには関連書がたくさんある状態なので、1冊手に取ったら周りの本も気になるというように、本を手に取る動作1回で2冊の本を目にすることができる。能動的に本に触れれば、関連性のある別の本が提示されるという報酬が与えられます

 

ー置き方にこだわっているとの事ですが、たくさんの人が多くの本を座席に持っていくと本の置き方が崩れたりしませんか?
本を戻す際にはまずお客様に「返本台」に戻していただきます。その後で、スタッフが本棚に戻しています。ただ、この返本台がなかなか面白い使われ方をしているんです。返本台には自分以外の人が棚から手に取った本が置いてあるので、そこを見ることでまた得られるものがある。文喫は滞在時間が長いので、その場にいる人同士である種のコミュニティ意識ができます。どんな人がそこにいるかを手に取られた本から知ることができる。SNSで他の人が「いいね」をしたものを見る感じですかね。
本を使った間接的なコミュニケーションにはすごく可能性が秘められていると思っています。

 

ーお客さんの反応はどのように拾っているのですか?
毎日来るお客様に直接話を聞いたり、実際の過ごし方を観察したりしています。それこそ本を媒介に間接的にコミュニケーションを取っています。例えば、店員はこういう風に関連付けて置いたけど、返本台を見てみると想定していたのと違うつながりで本を持って行っていると分かる。じゃあ、そのフィードバックを元に関連書として置く本を変えてみよう…などですね。 
後は、返本台に残っている本と実際に売れた本を比較して、お客さんがどんな本を求めているのか、買われた本だけでなく買われなかった本を含めて見ています。

文喫には、作業用のコンセントがついている席、ソファ、グループで会話しながら使えるテーブル席、会議室など色々な種類の座席があるんです。たくさんの種類の座席を用意した時には「ここはこういう風に使うんだろうな」という予想がありました。お客さんのことを観察していると、予想通りだったり予想外の用途で使用していたりと、自分たちが用意した空間に対しての反応が見えてくるのが面白いです。その反応を見て設備をアップデートするなど、場所を介してお客さんと間接的に会話をしている感覚です。

 

 

ー観察からフィードバックを発見して改善につなげるというのは興味深いです。
文喫は入場料のある本屋という新しい業態なので、どんな風に使いたいかはお客様に教わる領域が大きいんです。文喫はゆっくり過ごしてもらうために入場制限をかけています。なので、普段から店員がお客さんのことを意識しているのも特徴ですね。一般的に「本屋は本を買って帰る場所」という固定観念があると思います。でも別の過ごし方や場所の可能性がまだまだあるはず。買うという機能だけでなく、本のある空間の他の機能を考えてみると新しい体験が生まれます。

 

ーほとんどの本は1種類につき1冊しか置いてないと伺いましたが、そのこだわりはなぜですか?
本と出会うことの体験価値を高めるためです。同じ本が積まれているとその本と出会ったという感覚になりにくいかな、と。1冊しかないと運命的な出会いになると思うんです。誰かが持って行ってしまったらその本は読めない、大量に本がある中からたまたま手に取った一冊には「何か」があると思います。

 

ー「何か」とは?
本屋で膨大な本の中に身を置くというフィジカルな行為は、欲しい本を選ぶということ以上の意味があると思います。目につく本は今の自分の思考にリンクしているはず。例えば、仕事をするために文喫に来たら仕事に関連する本が目に入りやすくなるし、休みの日だったらリラックスできるような本が気になる。たくさんの本の中から本を数冊選ぶという行為で今の自分の状態を図ることができると思っています。そういう意味では今の自分と明日の自分、継続的に自分が気になる本を手に取ってみることを繰り返してみるのも面白いんじゃないでしょうか。

ー文喫は買切制度(注1)を採用している書店ですが、選書のこだわりを教えて下さい。
文喫ではその本をなぜ店に置くのかを重視しています。なので本を選ぶときは、選書の担当者レベルでその本を置く意味を把握するようにしています。
買切制度を採用したのは、店員が何に時間を割くのかを考えた結果です。一般に、本の返品作業には多くの時間を取られてしまいます。文喫では、その時間で何か別のものを生み出したいと思ったので買切制度を採用しました。本の返品ができないことや自分たちで全ての本を選ぶことは、結果的にその本を文喫に置く意味をより明確に認識することにつながりました。

(注1)買切制度とは:書店が仕入れた商品を返品できない制度。委託制度とは、書店で販売する商品について一定期間内であれば返品ができる制度。出版物の大部分はこちらに当てはまる。委託制度は返品ができることにより、書店が大きなリスクを負わずに店頭に幅広い種類の商品を置くことが可能であるといった利点がある一方で、書店の自発的な注文が発生しにくいという一面もある 。

 

ー入場料を取るということはそこで過ごす時間に価値を見出していると思うのですが、空間デザインでのこだわりを教えてください
文喫という空間に没入する感覚を大事にしているので、あまり外が見えないような作りになっています。後は、工事をしている時に出てきた昔の建物の名残や、コンクリートの書き込みを、この場所の持つ記憶を次につないでいくという想いであえてそのまま残しています。本を含め文喫にあるものは全て、それぞれそこにある意味があります。

 

ー置いてあるもの全てに意味が込められている…!そのこだわりを目に見える形で説明していないですよね。そこになにか意図はあるのですか?

そうですね。あえて説明しないようにしています。分かりやすくしすぎないとも言えます。どこかに説明を書いてしまうと、そこに目が行ってしまって他の物が見えなくなってしまうと思うんです。また自分で発見する喜びを感じてもらうためにそれぞれの説明をしていません。
これは本にも言えることで、ポップをつけすぎないようにしています。本棚の説明も簡単なジャンル分けにとどめています。全て説明をされてしまうと自分で深掘りしていく楽しさが無くなってしまうと思うので。

 

 

ー文喫では選書サービスを行っていますが、なにかこだわっていることはありますか?
未知の本と出会うのは思ったより難しいことだと思っています。自分で本を選ぶと、なかなか広がりが生まれにくい。文喫の選書サービスではお客様へのヒアリングを重視しているので、今何を考えていてどんな本が欲しいのかなどを言語化する過程で、お客さん自身の思考の整理ができます。そこに文喫のスタッフという他者の視点が加わることで、未知の本と出会いやすくなる。
そして選書された10冊の本には、1冊1冊にスタッフがなぜその本を選んだのかを書いたしおりを挟んでいます。知っている本でも違うアプローチで出会うことでさらに解釈を広げられると思います。

 

ーそこまで深掘りをしてお客さんとコミュニケーションをしている本屋は無さそうですね…。
意外とそうでもないですよ!実は本屋はお客様と密なコミュニケーションをとっています。よくいらっしゃるお客様にこれまでの読書傾向に合う新刊をおすすめしたり、売り上げを見て関連書籍やコーナーを充実させたりするのもお客様とのコミュニケーションだと思います。そう考えると文喫の取り組みは一般に本屋が取り組んでいることと同じです。本屋の機能、サービスの持つ意味をあらためて見つめ直して再構築する。そのひとつの形が文喫だと思います。文喫は本屋を再定義する本屋だと言えます。

ー出版業界全体が落ちこんでいる現代では、出版の定義の再構築が必要だと言われています。有地さんは本屋をどのように再構築する必要があると考えますか?
やっぱりフィジカルな場に本がある意味を考え直さなければいけないと思います。新型コロナウイルスの影響で多くの場所が「わざわざ行く」場所になっています。本屋には、従来の「本を買うための場所」という機能だけでなく、別の機能を付加していく。その機能はこれまで本屋が提供してきた価値の中に必ずあると考えています。

 

ー有地さんにとってのデザイン思考とは?
僕はデザイナーではないので、その立場からのデザインについての考え方になるのですが、デザインが見た目を整えるだけのものだとは考えていません。最終的な形ができるまでのプロセスの全てがデザインだと思います。
クリストファー・アレグザンダーは「デザインの最終の目標は形だ」と言っています。なんらかの形にしてアウトプットするのがデザインです。その形を決める要素はたくさんある。企業がアウトプットをする以上、どうマネタイズするか、ユーザーがどれくらいいるか、何年で投資回収をするかなども形を決める要素になってきます。美的要素だけでは形は決まらない。と言ってもビジネスというフレームで見ればいいというだけではありません。プロダクトの形は、ユーザーの生活の構成要素になります。あらゆる領域の人が形を決めるというデザイン行為の当事者になるんです。様々な要素、ヒト・モノ・コトを有機的に組織化して形をつくる。それがデザインだと思っています。

 

ーありがとうございました。

 

有地和毅
2010年日販グループのあゆみBOOKS入社。
あゆみBOOKS小石川店にて小説家との書簡を店頭で公開する「#公開書簡フェア」、SNSユーザー参加型の棚「#音の本を読もう」を実施。2016年日本出版販売株式会社に出向。
書店店頭を活用した本によるブランディング企画担当を経て、2018年より現職。ブックディレクターとして選書ディレクション、コンセプトメイキングに携わる。
 

About the author

gakuseikichi

Add Comment

Click here to post a comment

新NASA留学2024

医療機器業界特集

グッドデザイン特集‼

アルバイトサイト一覧

就職サイト一覧

就職サイト一覧

Contact Us