最近「これからのビジネスは“デザイン思考”が重要になる」というフレーズをよく耳にしませんか?実際に欧米では、デザインを重視して経営を行った企業の業績が著しく伸びたというデータがあります。そして日本でも、採用する大学生に「デザイン思考」を求める企業が増えています。
でも…結局デザイン思考って何?
検索したり、本を読んだりしてもピンとこない。そこで、グッドデザイン賞を受賞した製品から「デザイン思考」を考えてみようというのが今回の企画です。グッドデザイン賞は製品の見た目だけでなく、製品を作る過程の考えが評価される賞…。きっと何か見えてくるものがあるはず…!
そして今回の記事で取り上げるのは、2019年にグッドデザイン賞を受賞したラジオ体操。
夏休みの風物詩としておなじみのラジオ体操がなぜ今グッドデザイン賞を?
ラジオ体操の生まれた経緯とは?ここまで国民に愛される理由は?
今回は「ラジオ体操会の生きる伝説」とも言われる全国ラジオ体操連盟名誉会長の青山敏彦さんと、昨年度までNHKのテレビ・ラジオ体操アシスタントをされていた五日市祐子さんに、ラジオ体操の知られざる秘話を聞いてきました!
1936年産まれ。1959年、日本体育大学体育学部卒業。1960年にデンマーク、オレロップ体操高等学校へ留学。1971年~1999年の28年間、NHKテレビ・ラジオ体操指導者を勤める。また、1991年に日本体育大学を教授職で退職後、国際協力機構青年海外協力隊技術顧問として中南米を中心としたラジオ体操普及活動に尽力。2013年よりNPO法人全国ラジオ体操連盟指導委員として活動。2020年より名誉会長。
東京女子体育大学卒
2011年 4月〜2020年3月 NHKテレビ・ラジオ体操、みんなの体操に出演
現在はかんぽ生命広報部ラジオ体操推進担当として勤務
ーすでに何十年も日本人に親しまれているラジオ体操ですが、なぜ今となってグッドデザイン賞を受賞したのですか?
(青山)審査員の方からは「行動のデザインが優れている」という評価をいただきました。音楽が流れ出すと、自然と体が動く。特に誰かが説明したわけじゃないのに大勢が同じ動きをすることができる…というのは実はすごい稀有なことなんだと。行動デザインが優れているからこそ、ここまで長く愛されているんだというお話を伺いました。
ーラジオ体操は1928年に逓信省(ていしんしょう:かつて日本に存在した郵便や通信を管轄する中央官庁)の事業として開始されたと伺いました。どのような目的でラジオ体操は作られたのですか?
(青山)1928年の当時、日本人の平均寿命は40歳くらいだったんです。この平均寿命が伸びるように、体を動かして健康になるような企画をつくろうということでラジオ体操が生まれました。かしこまった企画でなく、出来るだけ「ポピュラーなもの」にしようと考えられていました。
健康のためにみんなで同じ体操をやるという発想と、誰でもできる運動という構造がユニークで、非常に画期的な企画だったそうです。
ーテレビ・インターネットの無い時代に、何かを全国に普及させるのはものすごく大変そうですね。
(青山)当時はラジオを聞ける人ですら限られていたので、郵便局の局員さんや地域のお巡りさんが指導員となって少しずつ普及していったそうです。運動に特化した特殊な人が伝えるのではなく、一般的な人が指導に携わっていることも、ラジオ体操が親しみやすいものになって定着した一つの理由かもしれません。
ー今のラジオ体操は3代目ということですが、なぜ変化していったのですか?
(青山)初代のラジオ体操は愛されて定着したのですが、そのころから日本は軍国主義に傾いていったんです。それでラジオ体操も、本来の「誰でも楽しく身体を動かす」という目的からずれて、鍛練的な厳しいものに変わっていってしまいました。
戦争が終わった時にGHQが「命令的に大勢が一斉に同じ動きをするのはよくない」ということで、ラジオ体操を禁止してしまいました。ただ、国民からは「ラジオ体操を復活させてほしい」という要望が出て、2代目のラジオ体操を作りました。
ー初代から2代目に変わったのは戦争の影響だったんですね。では、その2代目が3代目に変わったのはなぜですか?
(青山)簡単にまとめると2代目がなかなか定着しなかったからです。戦後の日本でラジオを聞ける人が限られていたのと、2代目ラジオ体操が難しすぎたからと言われています。GHQに初代のラジオ体操を禁止されていたので、初代と同じようなオーソドックスな動きを入れることができませんでした。また、強制的でない運動を作るためにダンス的な速いテンポのリズミカルな体操だったんですね。そのため高齢者に優しくない体操になってしまった。つまり、できる人が限られていたので2代目のラジオ体操は定着しませんでした。
ー今の3代目のラジオ体操の特徴は?
(青山)動く箇所が限定されていてとても分かりやすいことです。腕なら腕、足なら足と一つずつピンポイントで動かしていくので、小さい子どもから高齢者まで誰でもできる運動になっています。3代目のラジオ体操には、ラジオ体操の原点である「いつでも」「どこでも」「だれでも」の精神が貫かれています。
ー3代目のラジオ体操は1951年から現在までずっと変わっていませんが、現代の人がやっても効果があるのでしょうか?
(青山)身体は動かさないとどんどん硬くなるので、デスクワークなどでずっと同じ体勢にあることが多い現代こそ、身体を動かすことが必要です。今だからこそ、多くの人にラジオ体操にもう一度親しんで欲しいと思っています。
よく「ラジオ体操をやったらどんな良いことがあるの?」と聞かれるのですが、ラジオ体操は強い身体を作るためのものでなく「普通」の身体を作るための運動です。1日1回ラジオ体操を行う事で、循環器系のスイッチが入り、一日身体を動かすための準備ができます。つまり、ずっと固まったまま放置するのではなく、いつでもエンジンをかけられる状態にしていると、おのずと身体が正常な状態になってくるんです。ラジオ体操は毎日たった3分の運動でその役割を果たせると自負しております。
(五日市)ダイエットをしたりしたわけではないのに、会う人会う人に「スタイルが良くなった?」と言われました。元々新体操はやっていたのですが、競技で使う筋肉はとても限られているので、知らず知らずのうちに筋肉の付き方に偏りができていました。NHKテレビ・ラジオ体操アシスタントを始めてから筋肉の付き方のバランスが良くなったんですね。
ー確かに今は運動不足の人も増えていますよね…。簡単に運動ができるラジオ体操は今こそやるべきかもしれません…!
(青山)あと、現代の日本では一人で生活する人が増えたので、生活がどんどん孤独になっています。常に孤独だと、身体は頑丈でも精神は弱くなってしまう。朝、公園などに集まってラジオ体操を行うことで、そこで知り合った人とご飯を食べに行ったり旅行に行ったりと、人との交流が生まれる。ラジオ体操がコミュニティとなり、人と人をつなぐという役割を果たしているんです。
ーラジオ体操は、運動をすることで身体が健康になるだけでなく、人とつながることで精神的な健康も得られる…!まさに一石二鳥ですね。
(青山)そういってもらえると嬉しいです。一度触れるとその後もずっとずっと付き合ってくれる、そして触れるのに抵抗がないというラジオ体操の2つの性質がそれを生んだのでしょう。「楽しく運動をしてほしい」というシンプルなものだからこそ、やる人が増えて定着していくうちに色々な意味が付け足されていくのかもしれませんね。
ー今や夏の季語にもなっているラジオ体操ですが、一企業が始めた企画がここまで愛されて定着しているのは本当にすごいと思います。
(青山)いやぁ本当にありがたいですね。どんなにすごいものでも、すごく遠い所にあったら評価の対象にすらならないと思うんです。なので、ここまでラジオ体操が広まったのは、やっぱり最初の「ポピュラーなものにする」という想いがぶれていないからでしょうね。
ー改めてになりますが、ラジオ体操の魅力はどんな所だと思いますか?
(五日市)いつでも・どこでも・だれでもできることだと思います。道具がなくても、広い場所が無くても運動ができるのはラジオ体操くらいじゃないかなと思います。
(青山)名誉会長の私がいうのもあれですが、いいかげんにやっても許されることです(笑)。今の世間には結果を出さなきゃいけないというプレッシャーがありますよね。でも、人間のやることってそんなに簡単に結果が出るものじゃないんです。ラジオ体操もそうですが、やったからってすぐに健康になるわけじゃない。でも、続けていたら身体を動かすための基礎ができてたり、心が健康になったりしてくる。ラジオ体操で1日1回楽しんで身体を動かしてくれればもうそれでいいんです。合っているか間違っているか、効果が出るか出ないか、難しいことはまったく考えずに、誰でも簡単に楽しく運動ができる。それがラジオ体操の魅力です。
ー大学生に何か伝えたいことはありますか?
(青山)人は大学生くらいの年代で身体機能がピークになると言われています。逆に考えると、これから先は身体が衰えていくだけなんですね。毎日ラジオ体操をして、身体を動かしていると、その身体が衰え始める日が遅くなるので、ぜひラジオ体操を毎日続けてみてください。また、今はコロナウイルスの影響で行えていませんが、公園などで行うラジオ体操はコミュニティを広げるきっかけになるので、コロナが落ち着いたらぜひそちらにも参加してみてください。
ーありがとうございました!
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