—こちらのお仕事を始めたのはいつごろですか?
25歳くらいですかね。今39歳になるので、14年くらい前になります。家を継ぐつもりはなく、学生時代は海外に興味があったので海外留学をし、その後商社に勤めたのもイメージ通りでした。海外と国内を行き来するような仕事をしたいと思っていたので、それはそれですごく楽しかったです。やりがいはありましたし、欲もありました。もっとこうしたいと思っていた矢先だったので、葛藤はありましたけど今となってはこっちの仕事をやれて良かったです。
—ジョブチェンジは大変ではなかったですか?
大変なことはすごく沢山ありましたよ。一般サラリーマンの常識が全くこの世界では通用しなくて、アナログに感じイライラすることもあったし、沢山変えたいなと思うこともありましたけど、今になって思うとアナログがすごく重要だとわかります。
1つを全部自分で作るのではないのですよ。この彫りはこの人が得意、この作りはあの人が得意だというように分業なので、いかにイメージを共有できるかが重要なのです。だから、お互いの信頼関係がないと成り立ちません。この商品を良いものにするためにはこの人の力を借りなければならない、という関係があるのです。だから、他の人といかにコミュニケーションをとれて、いかに僕を認めてくれているか、お互いにそういう関係がないと成り立たないんですよ。
—なるほど。信頼関係が大事なのですね。
仕事ではどんなことにこだわっていますか?
すべての商品に言えるわけではないのですが、新しいものを作ろうということをいつも念頭において仕事をしています。「普通はこういう仕上がりをするけどこう仕上げました」というように、ちょっとしたことでも何か僕の爪痕残したいです。鼈甲業界はけっこう大きいのですが、その中でも「面白いもの作るね」というような位置付けでいたいんですよ。突拍子のないことをし続けられたらいいですね。もちろん、それがお金に変わらないとしょうがないんですけど。
やっぱり片方は商売なので飯を食わなきゃやってられないけれど、こだわりというか自分がこの業界にいる意味は感じていたいです。お金だけを追求するのであれば、別にこの業界にいなくてもいいと思っています。お金だけ考えるのならば、給金がより良いところに勤めればいいのであって、その能力が足りないのであれば勉強すればいい。お金だけを追求したら伝統工芸の意味はないと思うけれど、それが評価としてお金につながったら最高じゃないですか。
—お金の考えがあるからこそ、資本に左右されない価値がわかるのですね。
本当にそのとおりです。例えばソフトバンクの孫さんが鼈甲をやろうとしても、僕らが協力しないと終わりじゃないですか。それすごくないですか。それで面白い商売をやれているという自覚はあります。今の学生さんが物作りって面白いなと思ってくれるかはわかりませんが、そういう生き方もできるというのは感じていてほしいです。
—家が一般家庭でも物作りの世界に入ることはできるのですか?
全然できますよ。もちろんうちに限らず、雇いたい人はいると思います。求人をするつもりはないけれど、働きたいですといってくれれば横のつながりで紹介しあうこともできます。うちにもそうゆう人は何人かいます。ただ、「私はコミュニケーションが取れないから物作りがいい」というのは間違っています。それは絶対にどの世界でも必要なことで、できないからこれがいいという考えは違います。それはできないのではなくてやらないだけです。
コミュニケーションの重要性はどの企業でも一緒です。すぐに会社を辞めてしまう若者は、「この環境では自分の能力を生かせない」と思う人が多いと思うのです。そういう人を見て僕は、「環境を自分で作ろうっていう考えには至らないのか」と思っています。僕がサラリーマンの時はいつもそう思っていました。結果出したら、自分で環境を整えられるんだから、環境なんか作っちゃえばいいんです。それが向いてないという言う人には、「それお前がやってないだけじゃん」とバッサリ切り落としたいくらいに思います。どの世界に行こうが要は本人次第、本人が本当にやりたいかどうかで、環境は自分が勝手に作ればいいんです。向いているとか向いてないとかは、自分がやることをやれる環境をつくって初めて判断してほしいです。どうせ社会に出るならそこまではやってください。そこでどうしても楽しいと思えないのであれば辞めてもいいと思います。環境を自分で作る経験を積んだ人は、次の転職だってきっとうまくいきます